子どもの頃の自分を救いたい。

泣いて帰ってきたわたしに母は「言い返せ」と言った。言い返せなかった。

わたしは黒いランドセルを背負って、刈り上げ頭で少年たちとサッカー部だった。自分は男なのではと悩んでいた。女の子が好きだったから。人を好きになることは悪いことじゃないと思うけど、そしたら自分は何者なのだと考えていた。

性別で別けられることは子どもの頃の方が辛辣で、わたしに最初にそれが訪れたのはランドセルの色だった。今の小学生はカラフルなランドセルでいいな。黒を選んだわたしに「お菓子をたくさん買ってあげるから姉のランドセルを使うか?」と家族は何度か聞いた。お菓子くれるなら良いよと言うぐらいには、頑ななこだわりというわけでもなかったと思うけど、家族は少し戸惑ってたのかも。でも最終的に黒いランドセルを買ってくれたのは母だった。

大きな出来事で言えば、初潮が来た時。小さい頃に母とお風呂に入ってて、母の股からは時々赤い水が出ていたのを知っていた。心配するわたしに、母はその赤い水を桶に入れて石鹸の泡をのせて「赤いビールだよ」と教えてくれた。わたしはたまに遊べる赤いビールが謎の液体だったけど面白かった。別の日に赤いビールのことを言ったら今日は出ないと言われてやっぱり謎だった。

初潮の時に赤いビールのことは思い出さなかったけど、なんでこんなにお腹が痛くて、股から血が出て、貧血になって辛いのに、赤飯を炊かれなきゃならんのかともやもやだった。小学4年生だったけど、あの時体が女になってしまったと思った気がする。少し胸も膨らんできた。サッカーも辞めた。毎月お腹が痛くなって、血が出るからナプキンなるものを付けなければならない。生理用のパンツも履いて、朝起きると布団に血が漏れてたりする。意味不明すぎる。なんで?

なんで?は今も思う。いい調子だぞと思っても、生理周期で気分が落ちる。ひどい時はずっと家で動けない。母には「セックスして来い」と言われた。なぜわたしが生理痛のために、ホルモンバランスのためにセックスしなければならんのか。生殖するために生理もセックスもあるのだろう。でもなんで?わたしがそんな生理周期で生きなければならんのか。意味不明すぎる。なんで?

わたしは鈴木千尋でしかない。そう思えるまでに今日までかかってしまった。

近道をしたかったとも思わないけど、例えば百合漫画を読んで高校の女子校が舞台だったりしたら、今はちくしょー女子校に通ってたらこういうことがあったのか?あ?とか夢見る。夢ぐらい見せてくれ。

わたしは大学で女子校に入って、やっと自分が人間で鈴木千尋なんだと思えた。それまでは、なんだかいつも少し後ろめたい気持ちがあって、ごめんなさいって内面思ったりしていた。中学高校で百合漫画を読んでも多分そうやって夢見たりできなかったと思う、というか思わないようにしていたと思う。後ろめたかったから。だから当時は女子校に行くなんて選択肢はなかった。

大学も1番最後の滑り止めの学校だった。受験でおかしくなってたからか、女子って名前がついてるのに女子大って思って受験してなかったし、入ってから1年ぐらいしてやっと女子大に通ってるってことに通学中のバスの中で気がついた。高校のクラスも男子は5人しかいなかったからってのもあるのかもだけど、共学校と女子校はたとえ比率に偏りがあったとしたって別ものだったりする。

高校の先生には人生かかってるとか脅されてたけど、滑りを止めてくれて助かったと思う。本当に人生がかかっていた。

例えば今のわたしが当時のわたしの側に居たら、お互い何を思うんだろう。わたしももしかしたら「言い返せ」と言ったり「赤いビール」を作ってるかも。でも言い返すにはそれだけ考えてからじゃないと言えない自分の性分を知ってる。普段は勝気なくせに後ろめたい気持ちがあることをわたしは知ってる。

わたしはわたしに変な大人と思われながらも側にいたいと思う。時々ちょっとした冗談を言ってドン引きされたりしながら、泣いてる時や驕ってる時には慰めたり叱ったりしながら、何も間違ってないよって言ってあげたい。