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 妖怪の世界にもインターネットはある。妖気がWi-Fiみたいな感じになるので、どこに行ってもフリーWi-Fiだし、セキュリティとかあってないような世界なので、このフリーWi-Fiちょっと危ないかな、みたいな心配もない。
 コンプライアンスとかないし、とにかく好き勝手書いて問題ない。炎上がこわくて妖怪なんてやってられないし、そもそも人間たちからすればだいたい全員迷惑系YouTuberみたいな存在だ。

 だから妖怪の世界のインターネットはめちゃくちゃ荒れているのかというとそうでもなく、結構秩序立っていた。別に妖怪サイドからしても、好きで人間たちを怖がらせているのではない。ただ、自分の一挙手一投足のほとんどが人間たちと相性が悪く、ちょっと鬼同士で集まって出かけたらお経を唱えられたり、ちょっと変身してみたら化け物と呼ばれたりと、普通に生きている(死んでるけど)だけなのにこわがられて、為す術がなかった。妖怪たちからしても「それってルッキズムじゃないですか」とか「人間だってコスプレするじゃないですか」とか思わなくもないけど反撃がこわくてそんなこと言えるはずもなく、みんな結構シンプルに傷ついていて、それを夜な夜なインターネットで昇華させていた。
 その昇華の仕方も、罵詈雑言が飛び交うようなやり方ではなく、ある者は絵を描いたり、またある者は詩を書いたり、またある者は歌ったりと、いわゆる表現という形で行うのがほとんどだった。そのサイトにも、絵を描く者がいたり、小説を描く者がいたり、写真を載せる者がいたり、日記を書く者がいたり、絵と日記を描く者がいたりした。別に何か決まりごとがあるわけでもなく、思い思いに自分のペースで表現を続けていた。表現しないことも許された。とにかく「場がある」というだけでよかった。

 みんなひとりでいることを愛していて、同時に、ひとりでいることのさびしさも知っていて、とはいえさびしさを埋めるために他者を利用したりせず、受け入れていた。ひとりでいても、ひとりきりではないことを知っていたから。みんながどこにいて、誰なのか知らなかったけど、どこかにはいて、誰かではあることだけはわかっていた。それでじゅうぶんだった。夜明けまで集うともなく思い思いに過ごした。日がのぼったら眠った。

 そんなサイトも動かなくなって気が付けば6年が経っていた。何かの折に思い出し、ひさしぶりにそこを覗いたら、いまより6年分つたない表現が山のようにあった。どれも若くて、少し恥ずかしかった。なつかしいというよりもまぶしい。ちょっとだけうらやましい。もともとみんなどこにいて誰なのかわからなかったとはいえ、いまではまったく思い出しもしなかった者もいる。6年もあれば妖怪も変わる。
 もう更新されないそのサイトは、今も膨大なインターネットの片すみに存在していて、よほどのことがない限り、たぶん消えないだろう。それは目を凝らさないと見えないくらい小さいけれども星のように輝いていて、過去がそういう形で残っているだけで、これから先人間たちにどんなに嫌われようとも、なんとかやっていけるような気がした。