彼女(いまの妻)と暮らすようになって、近所の美容室に通うようになった。担当の方がカヒミ・カリィばりのウィスパーボイスで、はじめのうちは、声があまり聞こえないので勘で相槌を打っていた。そのうち聞き取れるようになったと思ったら、やたらと成宮寛貴の髪型を推してきた。二言目には「成宮くんはこうだから……」と言ってくる。成宮くんが少し挑戦的な髪型になったときには、ソフトモヒカンを推された。たまに抵抗して「あっ、この雑誌の瑛太みたいな、このくらいがいいです」と言ってみたこともあるけれど、「お前が瑛太て」とセルフツッコミが入り、自分のことを鼻で笑ってしまった。その日カヒミは二言目には「でも瑛太はこうだから……」と言うようになり、それはそれでつらかった。自分から提案しただけに、否定もしにくい。

そんなカヒミのいた美容室が、先月末であっという間になくなった。カットの予約の電話を入れたところ、「カヒミさんが実は病気で辞められて、うちも明日で閉店なんですよ」と言われたのが6月28日のこと。29日に営業を終え、30日には店の中の撤収が済んでいた。

「閉店します/閉店しました」の貼り紙は貼られることもなく、予約の電話をしなければ、いまでも閉店したことに気づいてなかったと思う。

4月にも、行きつけの居酒屋が忽然と消えた。休んで改装してるのかな? と思ったら、新しい店ができた。ついひと月前に行ったときには、閉店するともなにも言っていなかったのに。立つ鳥跡を濁さなすぎる。

カヒミと出会って7年。ようやく仲良くなってきたところだったのに。生まれてからこれまで、いろいろなところで髪を切ってもらったけど、間違いなくカヒミがいちばん上手かった。職人ってこんな小さな町の小さな美容室にいるんだ、と思った。カヒミの次を探すのはかなり億劫だけど、これからどんどん暑くなるのにこのまま髪を伸ばし続ける気にもならない。なんかこういう、いきなり次に進まなきゃいけない別れみたいなやつ、やめてくれないかなと思う。行きつけだった居酒屋のあとにできた焼き鳥屋は、おいしそうに思えなくて行ってない。ここも次を探すのは面倒くさい。他の行きつけの店に行くしかないのだけど、これらの店も10年は続いてなさそうな気がする。

閉店する店が増えてきた昨今、自覚してお別れできるのなんてまだいい方じゃないかと思う。ブツッと途切れて強制的に「はい次」とか無理すぎる。そんなすぐ次に進める精神的体力、この歳になったらもう残ってない。

でも、自分が死ぬときはブツッと途切れるように消えたいような気もする。死んだ後の他のひとのことなんか知らんし。そう考えると、彼らは理想のお別れを体現してくれたのかな、とも思える。それはそれとして、髪どうしようかなあ……。

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