teeth

 歯医者で歯石取りをしてもらった。舌で歯の裏側を確認すると、凹凸の形が覚えてるやつと違う。出っぱったり引っ込んだりしている形がより鮮明になったように感じる。音で言うなら「よりクリアなサウンド」って感じだ。映像で言うなら「4Kリマスター」って感じだ。

 舌を使って歯の形をひとつひとつ丁寧に確認していく。上の歯から右へ、右奥まで済んだら左へ。下の歯に移り、右へ。そして左へ。下の左奥の歯を探っていると、思っていたよりも奥にまだ歯があった。右にはなかった歯だ。親知らずかな。自分に親知らずが生えているのか生えていないのかよくわかっていない。たぶん左には生えているってことなんだろう。うっそ。まだその奥に歯がある。いやもうこれ喉でしょ。俺喉まで歯が生えてるってこと? もう向きがなんていうか垂直じゃん。何を噛むんだよこの歯で。そのさらにひとつ先に、穴があった。歯を抜いたような穴だ。え? 俺いつか歯抜いたっけ? 穴の形を舌で確かめてみる。思ったより深い。舌は奥を確かめようと穴に入っていく。口の奥の、穴の奥だ。当然明かりはなく、闇が続く。手探りで奥まで進むしかない。舌は壁に触れながら、慎重に奥まで進む。壁は濡れていて、その水分は少しねっとりとしている。なるべくなら触れたくはないが、壁から手を離す勇気もない。粘度のある水分に手を湿らせながら、舌は慎重に、穴の奥まで進む。

 二股に分かれた道がある。明かりもないはずなのに、二股に分かれていることだけははっきりとわかる。いま自分は右手を壁に沿わせながら進んできた。このまま右側の道を行くか。それとも左に進むのか。手を離すのが怖いのでこのまま右に進みたいけれど、直感は左だと言っている。舌は勇気を出してほんの少しの間手を離し、左の道を進んだ。

 もうどれくらい歩いただろうか。まだまだ先には闇が続くし、振り返っても闇が広がっている。舌は次第に心細くなってきた。故郷に残してきた家族のことが急に気になった。祖父はまだ元気でいるだろうか。旅に出る前、すでに寝たきりになっていた祖父。祖父ももう今月で90歳になる。

 と、向こうに薄明かりが見える。誰かいるのか? はやる気持ちを抑えながら、舌は慎重に、少し早足で奥まで進む。
「フハハハハ……待っていたぞ」
「ま……魔王!」
「まさかここまで来るとはな」
「こんなところにいたとはな……ここで会ったが100年目だぜ」
「フン……威勢だけはいいな……立花さん」
「?」
「立花さん、起きてください」

 そういって身体を揺すられる。気を失っていたみたいだ。
「ガスがちょっと効きすぎちゃったみたいですね。もう処置は終わりましたよ。麻酔が切れたら少し痛みが出るかもしれないので、痛み止め出しときますね」

 ……いつの間にか寝ていたのか。緊張しないように笑気ガスというものを吸わせてもらったのだけど、そういえば舌で歯の裏の形を点検してから記憶がない。知らないうちに親知らずを抜いてもらえてラッキーだ。これなら歯医者も怖くないな。

 会計を済ませて外に出る。抜いてもらった箇所を舌で点検する。麻酔が効いていて、左側の感覚がない。舌先だけは何がどうなっているのか認識できる。さっきまで歯があったところに穴があるのがわかる。あまり触れない方がいいのだろうけど、穴の形を舌で確かめる。思ったより深い。舌は奥を確かめようと穴に入っていく。壁に触れながら、慎重に奥まで進む。壁は濡れていて、その水分は少しねっとりとしている。なるべくなら触れたくはないが、壁から手を離す勇気もない。粘度のある水分に手を湿らせながら、舌は慎重に、穴の奥まで進む。二股に分かれた道がある……。